乳がんでなくなられた小林麻央さんが生前BBCに寄稿したエッセイは、BBCの大井真理子氏によって英文にも翻訳されており、両方の言語で読むことができます。とても心に響く内容なのですが、ここでは英語の勉強として読んでみたいと思います。英文は完全な逐語訳になっていない部分があります、というかいくつかの文は対応する英訳がないようです。日本語の文と対応する英語の文をできるだけ近くに配置して、英語学習の便宜を計るようにしました。長いので適当に見出しをつけて区切っておきます。英語を解説するのも野暮な気がしますのでやめておこうかと思いましたが、それではこのウェブサイトの存在意義がなくなるため、いくつかコメントしてみます。
乳がんであることが発覚
2年前、32歳の時に、私は乳癌であることを宣告されました。Two years ago, when I was 32, I was diagnosed with breast cancer.
娘は3歳、息子はまだ1歳でした。My daughter was three, my son was only one.
「治療をして癌が治れば、元の自分に戻れるのだから、大丈夫!」と思っていました。I thought: “It’ll be OK because I can go back to being how I was before once the cancer is treated and cured.”
けれど、そんなに簡単ではありませんでした。今も、私の身体は、がんと共にあります。But it wasn’t that easy and I still have cancer in my body.
diagnose は診断を下す。 diagnose ~ with ~を…と診断する(ALC)。病名がWITHの後にきます。受動態で用いられることが多いような気がします。
【例文】When Apple founder Steve Jobs was diagnosed with pancreatic cancer in 2004, the iPhone was still three years away from being introduced and the iPad may have been just a glimmer of an idea in his imagination. (出典:bostonglobe.com)
テレビキャスターとしての苦悩
私は、テレビに出る仕事をしていました。病のイメージをもたれることや弱い姿を見せることには「怖れ」がありました。なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。For a long time I hid the disease. Because my job involved appearing on TV I was scared about being associated with illness or showing people my weaknesses.
隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。I would try to avoid being seen on the way to hospital appointments and I stopped communicating with people so as not to be found out.
scare は「~を怯えさせる」という他動詞で、過去分詞の形scaredは、形容詞。 be scared of ~ で、「~を怖がる」というのは受験勉強でよく目にする熟語だと思いますが。be scared about ~ と、前置詞にaboutをとることもあるようです。「~に関して心配している、恐れている」。
be associated with ~ は、「~と関連した」というおなじみの表現。
so as to ~ は、「~する目的で」というこれまた受験生には馴染み深い熟語かと思います。
気付きと考え方の変化
1年8か月、そんな毎日を続けていたある日、緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。「がんの陰に隠れないで!」私は気がつきました。元の自分に戻りたいと思っていながら、私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とはかけ離れた自分になってしまっていたことに。But while wanting to go back to who I was before, I was actually moving more and more towards the shadows, becoming far removed from the person I wanted to be. After living like that for 20 months, my palliative treatment doctor said something that changed my mind. “Don’t hide behind cancer,” she said, and I realised what had happened.
何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、「失格」の烙印を押し、苦しみの陰に隠れ続けていたのです。I was using it as an excuse not to live any more. I had been blaming myself and thinking of myself as a “failure” for not being able to live as I had before. I was hiding behind my pain.
palliative【名】一時しのぎ(の手段)《医》苦痛緩和剤【形】〔悪い状態を〕一時的によくする《医》〔苦痛・症状などを〕一時的に和らげる[緩和する] これは自分も知らない単語だったのでALCに頼りました。
hide behind 「~の陰に隠れる」 これまたALCから借用した例文ですが、hide behind a curtain 「カーテンの後ろに隠れる」
I realised what had happened. WHAT節の中は、過去完了形です。realiseとSなのは英国式のスペリング。米国式スペリングだと、Zになりますので、realizeです。
母として、妻として
それまで私は、全て自分が手をかけないと気が済まなくて、全て全てやるのが母親だと強くこだわっていました。それが私の理想の母親像でした。Until that time I had been obsessed with being involved in every part of domestic life because that was how my own mother always behaved.
けれど、病気になって、全て全てどころか、全くできなくなり、終いには、入院生活で、子供たちと完全に離れてしまいました。But as I got ill, I couldn’t do anything, let alone everything, and in the end, as I was hospitalised, I had to leave my children.
自分の心身を苦しめたまでのこだわりは失ってみると、それほどの犠牲をはたく意味のあるこだわり(理想)ではなかったことに気づきました。When I was forced to let go of this obsession to be the perfect mother – which used to torture me, body and soul – I realised it had not been worth all the sacrifice I had made.
そして家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、私を妻として、母として、以前と同じく、認め、信じ、愛してくれていました。私は、そんな家族のために、誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。My family – even though I couldn’t cook for them or drop them off and pick them up at the kindergarten – still accepted me, believed in me and loved me, just like they always had done, as a wife and a mother.
be obsessed with ~ は、「~にとりつかれて」
domestic life 「家庭生活」
let alone ~ は、「~は言うまでもなく」 という頻出熟語表現。
hospitalise 「~を入院させる」もつづりが英国式でSになっています。米国なら、hospitalize
leave +目的語 は、「(目的語)から離れる」という意味です。leave my childrenは「子供たちから離れる」 I left Tokyo for San Francisco. なら、「東京を発って、サンフランシスコに向かった。」という意味になります。She left me. なら、「彼女は私の元を去ってしまった。」「彼女は(自分を残して)立ち去った。」という意味。しかし、S+V+O+Oの形で、She left me a note. 「彼女は私に書き置きを残した。」という意味。
force 人 to 動詞 は、「人に~(強制的に)させる」
let go of ~ 「~から手を放す」「~を手放す」「~をとりのぞく」
be worth ~ は、「~の価値がある」 It is worth a sacrifice. 「それには犠牲を払うだけの価値がある。」 worth ~ingも頻出の形です。It is worth making a sacrifice. 「それには犠牲を払うだけの価値がある。」
drop 人 off 「(車で)人を送る、下ろす」
pick 人 up 「(車で)人を迎えに行く、拾う」
believe in 人 「人を信じる」 She believes in me. 「彼女は私のことを信頼してくれている。」 She believes me. だと、「彼女は私(の言ったこと)を信じている。」 believe in と、believeとでは若干ニュアンスが異なります。
ブログの開始
私は、闘病をBlogで公表し、自ら、日向に出る決心をしました。すると、たくさんの方が共感し、私のために祈ってくれました。So I decided to step out into the sunlight and write a blog, called Kokoro, about my battle with cancer, and when I did that, many people empathised with me and prayed for me.
そして、苦しみに向き合い、乗り越えたそれぞれの人生の経験を、(コメント欄を通して)教えてくれました。And they told me, through their comments, of their life experiences, how they faced and overcame their own hardships.
私が怖れていた世界は、優しさと愛に溢れていました。今、100万人以上の読者の方と繋がっています。It turned out that the world I was so scared of was full of warmth and love and I am now connected with more than one million readers.
empathize with ~ 「~に共感する」
It turned out that … 「…ということがわかる、明らかになる」
死について、生について
人の死は、病気であるかにかかわらず、いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。If I died now, what would people think?
「まだ34歳の若さで、可哀想に」 “Poor thing, she was only 34”?
「小さな子供を残して、可哀想に」でしょうか?? “What a pity, leaving two young children”?
私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。I don’t want people to think of me like that, because my illness isn’t what defines my life.
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです。My life has been rich and colourful – I’ve achieved dreams, sometimes clawed my way through, and I met the love of my life. I’ve been blessed with two precious children. My family has loved me and I’ve loved them.
だから、与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました。So I’ve decided not to allow the time I’ve been given be overshadowed entirely by disease.
なりたい自分になる。I will be who I want to be.
人生をより色どり豊かなものにするために。だって、人生は一度きりだから。
「人の死は、病気であるかにかかわらず、いつ訪れるか分かりません。」に対応する英文が見当たりませんが、訳すなら Whether we are ill or not, we do not know when death will come. くらいでしょうか。
My illness isn’t what defines my life. 私の病気が私の人生ではない。defineは「定義付ける、特徴付ける」という意味です。私の人生は私の病気によって特徴付けられるわけではない、の意味。このようなdefineの使い方はよく見かけますが、とても英語らしい表現なのではないかと思っています。
claw one’s way 「必死で先へ進む(爪で引っかいて障害物をかきわけながら進む)」(参照:ALC)
My life has been rich and colourful. 現在完了形です。現在完了形は、過去から現在に至るまでの状態を表すときに使います。colourは英国式つづりで、米国ならcolorです。
the love of my life 自分の人生における最愛の人、つまり、ここでは「夫」のこと。
「人生をより色どり豊かなものにするために。」も訳されていないようですが、この表現は既出なので、前文とあわせると、I will be who I want to be in order to make my life colourful and rich.
「だって、人生は一度きりだから。」を英語にするなら、Because we only live once. でしょうか。
参考にしたサイト
- がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」 BBC NEWS JAPAN 2016年11月23日 (日本語のオリジナルのエッセイ)
- 100 Women 2016: Kokoro – the cancer blog gripping Japan BBC NEWS23 November 2016 (エッセイの英訳)